大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1187号 判決

控訴人 森本徳次 外四名

被控訴人 竹内富士雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人に対し、

(1)、控訴人森本徳次、同光進工業株式会社は別紙物件目録〈省略〉記載の(一)の工場居宅(現状は別紙添付第一図面〈省略〉A、Cの工場建物)、控訴人森本徳次は同目録記載の(二)の建物(現状は同図面Bの工場建物)を各収去し、かつ、右控訴人両名は京都市南区吉祥院西ノ庄門口町三番地の一宅地二七九坪四合二勺のうち右図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、へ、イの各点を順次結ぶ赤線内の土地約一六八坪八合八勺と同目録記載の(三)の倉庫、(四)の事務所を明け渡せ。

(2)、控訴人第一プラスチツク工業株式会社は同目録記載の(一)の工場居宅のうち、A工場と同目録記載の(二)の建物(以上現状は右図面のABの工場建物)から退去してそれぞれその敷地を明け渡せ。

(3)、控訴人田畑甚四良は同目録記載の(三)の倉庫、控訴人大橋弘治は同目録記載の(四)の事務所をそれぞれ明け渡せ。

(4)、控訴人森本徳次、同光進工業株式会社は連帯して昭和三四年六月一七日から第一項の明渡しずみに至るまで一箇月金六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する(ただし、原判決七枚目表末行目に「被告プラスチツク」とあるのは、「被告第一プラスチツク」の誤記であるからそのように訂正する)。

(事実関係)

一、控訴人ら代理人の主張

(一)、原判決は、次に述べるように、法律の規定に違背する無効な手続に基づくものであるから破棄さるべきである。すなわち、

(1) 、原審口頭弁論調書の無効

(イ)、民訴一四三条によれば、口頭弁論調書には裁判官、裁判所書記官の氏名など同条一号ないし六号にかかげる事項を記載し、裁判長および裁判所書記官がこれに署名捺印しなければならない旨定められている。

ところで、原審昭和三七年三月二六日午前一〇時の第一四回口頭弁論調書によれば、裁判官乾達彦、裁判所書記官広瀬恵一列席のうえ、裁判官は、さきに閉ぢた口頭弁論の再開を命じた旨記載されているのに、右調書には右乾裁判官の署名捺印がなく、裁判官増田幸次郎の署名捺印がなされている。もし、乾裁判官が右期日の弁論に関与したのであれば、その署名捺印を欠く右調書は、前条の方式に違背し無効である。また、増田裁判官が関与したのであれば、乾裁判官の氏名の記載のある右調書は事実に符合せず、この場合も右同様無効であるといわなければならない。そうすると、右調書はいずれにしても無効であるから、これによつて再開を命ぜられた以降の原審同年四月二三日午前一〇時の第一五回口頭弁論期日、同じく同年六月六日午前一〇時の第一六回口頭弁論期日における各訴訟行為は適法に行なわれたといい難く、また、これが適法なものであることを証明する資料もない訳である。

なお、右第一五回口頭弁論調書には裁判官の署名捺印が欠けているから、右調書は、その点からみても無効であり、当該期日における訴訟行為が適法に行なわれたことを証明することができないというべきである。

(ロ)、原審第一七回ないし第一九回の各口頭弁論調書にも裁判官の署名捺印が欠けているから、右各調書は無効である。

(2) 、原判決言渡手続の無効

民訴一九一条によれば、判決には、これをした裁判官が署名捺印しなければならない旨定められ、また、同法一八九条によれば、判決の言渡しは判決原本に基づいてなすべき旨規定せられている。ところが、原判決は右要件をいずれも欠いている。すなわち、原判決は、その原本に裁判官増田幸次郎の記名があるのみで、同裁判官の署名捺印が欠けている。もつとも、これが欠けていても、判決言渡調書に判決原本に基づいて言い渡した旨の記載があれば、判決原本に基づいて言渡したことになると解する余地があるとしても、原判決言渡調書であると第一九回口頭弁論調書に前記のとおり裁判官の署名捺印が欠けている以上、原判決がその原本に基づいて適法に言い渡されたことについても証明がないというべきである。

(二)、本件解除が効力を生じない理由について、

(1) 、被控訴人主張のA、旧B、およびCの各工場建物は、控訴人森本が終戦直後被控訴人の先代から買い受けて所有権を取得したものであるから、本件和解条項(一)に同控訴人らが被控訴人から右各工場を含めて賃料一箇月金六、〇〇〇円の約束で賃借した旨記載してあるのは、誤記であり、右各工場建物は本件賃借物件中には含まれていないのである。なお、右賃料とあるのは地代の趣旨である。したがつて、同控訴人が、被控訴人の承諾を得ることなく、その主張のように、これら工場建物の一部に工事を加え、あるいは、これを他に転貸したとしても、それは所有者である同控訴人の自由になし得るところであつてなんら本件賃貸借契約に違反するものではないのである。

(2) 、仮に、右主張がいれられないとしても、被控訴人は右工事を現認し、また、右転貸の事実を知りながらなんら異議を述べることなくこれを黙認していたのであるから、いずれも右賃貸借契約解除の理由となし得ないものである。

(3) 、仮に、被控訴人が右工事を黙認したものでないとしても、控訴人森本が右工事をしたのは次のような事情によるのである。すなわち、被控訴人主張の旧B建物は当時雨漏りがひどく、かつ、すつかり腐朽していて倒壊寸前の状況にあつたため、労働基準局から工場として使用を続けるつもりなら修覆せよという強い指示があつた。そして、もし、右指示に応じないときは事業の差止めのなされるおそれがあつたので、右控訴人はやむなく右工事を施行した次第である。右工事はこのような事情のもとでなされたのであるから、これが保管義務違反にあたるという理由で本件賃貸借契約を解除することは権利の濫用というべきである。

(4) 、なお、控訴人森本がコンクリート高塀を建造したのは、被控訴人が台風で倒れた板塀、柱をそのまま放置し、これを修理しなかつたことによるのである。そして、右コンクリート高塀は従来の板塀に比し利用価値が大きく、被控訴人に利益を与えこそすれ、なんら損失をこうむらせるものではないから、右控訴人が右高塀を建造したからといつて、被控訴人主張のように保管義務に違背するものではない。

(三)、控訴人第一プラスチツクは、所有者である控訴人森本の承諾を得て被控訴人主張のA、B建物を占有しているのであるから、これを退去すべき理由はない。

仮に、右建物が控訴人森本の所有ではないとしても、控訴人第一プラスチツクは本件和解の成立する以前である昭和三二年八月三日以降右建物を占有しているのであるから、右占有はなんら本件和解条項に違反しない。

一、被控訴代理人の主張

(一)、原審昭和三七年三月二六日午前一〇時の第一四回口頭弁論調書に裁判官乾達彦列席のうえ口頭弁論の再開を命じた旨記載してあるのに、右調書に裁判官の署名捺印がなく、裁判官増田幸次郎の署名捺印のあることは控訴人ら主張のとおりであるが、その余の口頭弁論調書、および判決原本に右増田裁判官の署名捺印が欠けているとの控訴人らの主張は事実に反する。

本件は、終始右増田裁判官の関与のもとに審理が行なわれてきたのであるから、右第一四回口頭弁論調書に右乾裁判官の氏名が記載されているのは明らかに誤記というべきである。しかも、当事者およびその代理人らは、右再開期日およびその後の各口頭弁論期日に出頭して訴訟行為を行なつてきたのであるから、右第一四回口頭弁論調書のかしは責問権の喪失により治癒されたものというべきである。

(二)、控訴人ら主張のその余の抗弁事実はすべて否認する。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、原判決に控訴人ら主張のような手続上のかしがあるかどうかについてまず判断する。

民訴一四三条によれば、口頭弁論調書には裁判官、裁判所書記官の氏名など同条一号ないし六号にかかげる事項を記載し、裁判長(単独体の場合には裁判官)および書記官が必らずこれに署名捺印しなければならない旨定められている。したがつて、列席した旨の記載のある裁判長(前同)以外の者が裁判長(前同)として署名捺印しているときは、その調書は無効といわなければならない。ところで、本件記録中原審昭和三七年三月二六日午前一〇時の第一四回口頭弁論調書によれば、裁判官乾達彦、裁判所書記官広瀬恵一列席のうえ裁判官はさきに閉ぢた口頭弁論の再開を命じた旨記載されているのに、右調書には、右広瀬書記官の署名捺印のみあつて、右乾裁判官の署名捺印がなく、かえつて、列席した旨の記載のない裁判官増田幸次郎の署名捺印のあることが認められる。そうすると、右調書は明らかに同条の規定に違背し無効というほかないから、右調書によつては弁論再開の決定がなされたことを認めるに由ない。もとより、弁論再開の決定は、民訴一四四条五号の「書面ニ作ラサル裁判」として調書に記載されるものであつて、それは民訴一四七条の調書によつてのみ証することを得る口頭弁論調書の方式には属しないから、弁論再開の決定の有無は調書のみによつて証明さるべき事項ではなく、本来法廷外で決定書によつて表示される裁判であるが、他に弁論再開の決定のあつたことを認めるに足る資料は本件には存しない。もつとも、本件記録によれば、第一五回および第一六回の弁論調書が存し、これによれば、弁論終結後再び弁論が行なわれていることが明らかである。しかしながら、これから推しはかつて弁論再開の決定があつたとすることはできない。なんとなれば、口頭弁論の終結の宣言は裁判所が判決をなすに熟するとみた結果の裁判所の措置であり、終結の日時は既判力の基準時をなすものであるから、裁判所にとつても、当事者にとつてもそれは最重要関心事の一たるを失わない。弁論の再開決定は、判決への途を一旦停止し、当事者に再び弁論の機会を与え、既判力の基準時を移動するものであるのみならず、その後の弁論のいかんによつては、その内容、その結論と勝敗を左右変更させる可能性を意味するものであるから、単に事実行為として当事者に一定の期日に法廷において口頭弁論を行なわせれば足りるというものではない。それゆえ、弁論の再開は、裁判所の審理の整序をはかるために明確な決定の形式で示されることを要し、単に事実行為が積み重ねられても弁論再開の決定があつたとするわけにはいかないのである。

そうすると、原審口頭弁論手続は終結せられたままの状態にあつたものというほかはないところ、原裁判所はその後昭和三七年四月二三日午前一〇時の第一五回口頭弁論期日および同年六月六日午前一〇時の第一六回口頭弁論期日にさらに審理を重ね、右期日の口頭弁論において、当事者双方の新たな主張の陳述、あるいは書証の認否等の手続の行なわれていることが記録上明らかである。したがつて、原判決は、結局、弁論終結後の訴訟資料に基づいてなされた違法があるものというべきである。

被控訴人は、前記第一四回口頭弁論調書に裁判官乾達彦の氏名が記載されているのは、裁判官増田幸次郎と記載すべきを誤つたもので、明白な誤記というべきであり、しかも、右かしは責問権の喪失によつて治癒されている旨主張する。しかし、前記説示から明らかなように列席裁判官は口頭弁論の方式に関する記載であり、右方式の順守の有無は調書のみで証明されるから、これを誤記として不問に付すべきなんら法律上の根拠はないというべきである。また、民訴一四一条に定める責問権の喪失の規定によりかしが治癒されるのは、訴訟手続に関する規定の中でもいわゆる任意的私益的規定の違背に限られるものであつて、既判力の基準日時を弁論終結後であるのに異動させる弁論再開のような訴訟制度の信用と能率を保障する裁判事項については、右規定は適用されないと解するのが相当であるから、右主張は採用できない。

以上の次第であつて、原判決は、その判決手続に法律の違背があるから、控訴人ら主張のその余の点について判断するまでもなく、まずこれを取り消す必要がある。

二、そこで、進んで被控訴人の本訴請求の当否について判断する。

(一)、本件賃貸借の成否について。

被控訴人と、控訴人第一プラスチツクを除くその余の控訴人らとの間に昭和三三年九月六日別紙〈省略〉和解条項(一)ないし(六)からなる裁判上の和解(京都地方裁判所昭和三二年(ワ)第七九一号土地建物明渡請求事件)が成立したことは当事者間に争いがない。右事実によれば、控訴人森本、同光進工業は右和解条項(一)に基づき右同日被控訴人から別紙物件目録記載の(一)の工場居宅すなわちA、C建物、(二)のB建物のところにあつた亜鉛鋼板葺工場(旧B建物)、(三)の倉庫、(四)の事務所、およびその敷地である別紙添付第一図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、へ、イの各点を順次結んだ赤線をもつて囲まれた部分約一六八坪八合八勺を賃借したというべきである。

控訴人らは、右A、旧B、Cの各建物は控訴人森本の所有に属し、右賃借物件中には含まれていない旨主張するが、右主張に合う原審証人西川重文、当審証人吉田正己の各証言、原審と当審における控訴本人兼控訴人光進工業代表者森本徳次、同控訴人第一プラスチツク代表者本人山下美治の各尋問の結果は、成立に争いのない甲第一号証(和解調書正本)、原審ならびに当審証人竹内ヤヱの証言、および原審と当審における被控訴本人の尋問の結果と対比してにわかに信用し難く、他にこれを認め得る証拠がないから、右主張は採用に由ない。

(二)、本件賃貸借契約の解除ならびにその効力について

被控訴人が控訴人森本、同光進工業に対し、昭和三四年六月一六日右控訴人らに到達の本件訴状をもつて、左記保管義務違反、および無断転貸等を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで、右解除の適否について順次判断する。

(1)、まず、被控訴人主張のB建物の建築工事が保管義務に違反するかどうかの点について考察する。

旧B建物のあつた場所に現在B建物が建つていること、および旧B建物からB建物への工事が控訴人森本の意向に基づいてなされたことは控訴人らの認めて争わないところである。そして、右事実に、昭和三三年一〇月頃撮影された右建物の写真であることについて当事者間に争いのない検乙第一ないし七号証、原審ならびに当審証人森脇晴二、同竹内ヤヱの各証言、原審と当審における控訴人第一プラスチツク代表者山下美治の尋問の結果および原審と当審における検証の結果を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

(イ)、右B建物の工事は建築請負業者である森脇晴二が控訴人森本の意向を受けた控訴人第一プラスチツクの代表取締役山下美治から依頼され見積価格一五万円で昭和三三年一一月から一二月頃にかけて施行した。

(ロ)、森脇は、当初旧B建物をそのままの状態で修理するつもりであつたが、腐朽がひどかつたため、右山下および控訴人森本の指示に従い右建物を全部解体し、ほとんど新材を使つて右B建物を建築した。

(ハ)、B建物と旧B建物とほとんど同じ広さであるが、隣接する前記A、Cの各建物と比べると、新築建物であることが外観上明らかである。

以上の認定をくつがえすに足る証拠はない。

そうすると、B建物は旧B建物を取りこわしたあとに新築せられたものといわなければならない。

この点に関し、控訴人らは、旧B建物は控訴人森本の所有であるから右工事をしてもなんら本件賃貸借契約に違背するものではない旨主張する。しかしながら、旧B建物が右控訴人の所有に属していたと認め得ないことは前記説示のとおりであるから、右主張は採用できない。

次に、控訴人らは、被控訴人は、右工事を現認しながらなんら異議を述べなかつたから、右工事を默認したものである旨主張する。しかし、右主張に合う当審における控訴本人兼控訴人光進工業代表者森本徳次の尋問の結果は、原審と当審における被控訴本人の尋問の結果、および右尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第二号証(ただし、官署作成部分は成立に争いがない。警告書と題する書面)と対比してにわかに信用し難く、他にこれを認め得る証拠がない。したがつて、右主張は採用に由ない。

なお、控訴人は、右工事は本件和解条項(三)によつて認められた補修の範囲に属する旨主張する。しかしながら、これを認めるに足る適確な証拠がない。かえつて、前掲甲第一号証原審ならびに当審証人竹内ヤヱの証言、原審と当審における被控訴本人の尋問の結果によれば、右和解条項(三)にいわゆる補修の趣旨について次の事実が認められる。すなわち、本件賃貸借は、建物の賃貸借であつて、空地の部分はその敷地として当然その目的物中に含まれるが、いわゆる地上建物の所有を目的とする土地の賃貸借ではない。したがつて、右和解条項(三)は、本件各建物の補修の費用を控訴人森本らの負担と定め、しかも、その補修の箇所を同条項記載の壁、屋根等に限定しているのであつて、右建物の寿命を長びかせるような増改築等は禁ずる趣旨であつた。以上の認定事実によれば、同条項にいう補修の意味が前記認定のような旧B建物の取りこわし、B建物の新築工事まで許容するような趣旨であつたとは到底認められないから、控訴人らの右主張は採用に由ない。

以上の次第であつて、控訴人らの主張はすべて理由がなく、控訴人森本らのなした前記B建物新築工事は賃借人としての保管義務に違反するものと解するのが相当である。

(2)、次に、被控訴人主張の無断転貸の有無について考察する。

控訴人第一プラスチツクが前記A、旧B建物(その取りこわし後は前記B建物)およびその敷地部分を占有使用していることは控訴人らの認めて争わないところである。そして、前掲甲第一号証、原審における控訴人第一プラスチツク代表者山下美治の尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第三号証(加工外註伝票)、同第四号証(仕切書)、原審証人西川重之、原審ならびに当審証人竹内ヤヱの各証言、原審における控訴本人大橋弘治、原審と当審における控訴人第一プラスチツク代表者山下美治、同被控訴本人の各尋問の結果、および原審と当審における控訴本人兼控訴人光進工業代表者森本徳次の尋問の結果の一部を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(イ)、控訴人森本はかねて被控訴人の先代由松から右A、旧B建物を含む本件各建物およびその敷地を賃借していた。

(ロ)、控訴人第一プラスチツクはもと淀川合成樹脂工業株式会社という商号でマネキン人形の部分品の製造等に従事していたが、昭和三二年七、八月頃控訴人森本から右A、旧B建物をその敷地部分とともに賃料一ケ月三、〇〇〇円の約束で借り受けてここに本店を移し、かつ、控訴人森本を代表取締役の一人として迎えて営業を続けていたが、同年一〇月一一日商号を現在のとおり変更した。

(ハ)、しかし、控訴人第一プラスチツクは本件和解の成立する直前まで表看板等を出していなかつたため、被控人は、同控訴人が右建物、敷地を控訴人森本から借受占有している事実を全然知らなかつた。そのためその後成立した本件和解において、賃借人である控訴人森本らについてはもちろん、現実の占有者である控訴人大橋、同田畑に関しても、被控訴人との間に別紙和解条項どおりの取りきめがなされているのに、控訴人第一プラスチツク関係ではなんら取りきめもなされるに至らなかつた。

(ニ)、なお、控訴人森本は控訴人第一プラスチツクを右A、旧B建物に入居させるについて被控訴人の承諾を得ていないし、また、控訴人第一プラスチツクも右承諾を得るための措置をなんら講じていない。

以上の認定に反する原審と当審における控訴本人兼光進工業代表者森本徳次の尋問の結果は前掲各証拠と対比してたやすく信用できないし、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。

右事実によれば、控訴人第一プラスチツクはA、旧B建物およびその敷地部分を賃貸人である被控訴人の承諾を得ることなくして賃借人である控訴人森本から転借し、引き続きこれ(旧B建物については、その取こわし後はB建物)を占有使用しているものというべきである。

控訴人らは、A、旧B両建物は控訴人森本の所有であるから、これを被控訴人の承諾を得ないで控訴人第一プラスチツクに転貸してもなんら本件賃貸借契約に違背しない旨主張するが、右各建物を控訴人森本の所有と認め得ないことは前記説示のとおりであるから、右主張は採用するに由ない。

また、控訴人らは、被控訴人は控訴人森本が取締役に就任する会社には、それがどのような会社でも同控訴人らの本件賃借物件を使用する権原のあることを了解していた旨主張するが、かかる了解のあつたことは前記認定に照らして認め難いから、右主張は採用できない。

(3)、以上の次第であつて、控訴人森本のした前記B建物新築工事は賃借人としての保管義務に違反し、また、控訴人第一プラスチツクに対する前記転貸は賃貸人たる被控訴人の承諾を得ていないものであるから、被控訴人のした前記解除は、その余の点について判断をするまでもなく、その理由あるものというべきである。

控訴人らは、右保管義務理由違反を理由とする右解除は権利の濫用である旨主張する。しかし、右解除に至る前記経緯にかんがみると、控訴人ら主張の事情を考慮にいれても、右解除が被控訴人の正当な権利行使の範囲を超えるものと速断すべき筋合ではないから、右主張は採用できない。

(4)、そうすると、本件賃貸借契約は前記昭和三四年六月一六日適法に解除せられて終了したというべきである。したがつて、控訴人森本、同光進工業は被控訴人に対し、右終了を原因として本件和解条項(二)に基づく前記A、C建物の収去義務、ならびに前記倉庫、事務所、およびその敷地である別紙添付第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、へ、イの各点を結ぶ赤線内の土地約一六八坪八合八勺の明渡義務を負うものというべきである。また、控訴人田畑が右倉庫を、控訴人大橋が右事務所をそれぞれ占有していることは右控訴人らの明らかに争わないところであるから、右控訴人らは右和解条項(六)に基づき被控訴人に対し、それぞれ右倉庫、および事務所の明渡義務を負うものというべきである。

(三)、B建物の収去義務について。

被控訴人は、B建物は控訴人森本、同光進工業、同第一プラスチツクの共有であるとして、右控訴人三名に対してその収去を求める。これに対して、控訴人らは、右建物は控訴人森本の単独所有であると抗争するので、その所有権の帰属について考察する。B建物は、控訴人森本の意向を受けた控訴人第一プラスチツクが森脇晴二に依頼して旧B建物を取りこわしたあとに新築したものであつて、このことは前記認定のとおりであるが、原審と当審における控訴人第一プラスチツク代表者山下美治、同控訴本人兼光進工業代表者森本徳次の各尋問の結果によれば、右当事者の意図は、これを控訴人森本の所有とするにあつたことを認めることができ、右認定を動かすに足る証拠はない。そうすると、他に特段の主張、立証のない本件においては、右建物は控訴人森本の単独所有であると認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、控訴人森本は被控訴人に対し、右B建物の収去義務を負うものというべきであるが、控訴人光進工業、同第一プラスチツクはその収去義務を負うべき限りでない。

被控訴人は、控訴人光進工業が、B建物を所有しなくとも前記のとおり賃借人としてその敷地の明渡義務を負う以上、右建物を収去すべき義務がある旨主張する。しかし、賃借人が敷地の明渡義務を負うことからただちに右敷地上にある他人所有の建物の収去義務があるとなすべき法律上なんらのいわれもないから、右主張は採用に由ない。

(四)、控訴人第一プラスチツクのA、B建物から退去および敷地明渡義務について。

控訴人第一プラスチツクがA、B建物および被控訴人所有にかかるその敷地部分を占有していることは前記説示のとおりである。

控訴人第一プラスチツクは、A、B建物の所有者である控訴人森本の承諾を得てこれを占有使用しているのであるから、これを退去すべき義務を負わない旨主張する。しかし、控訴人森本が被控訴人に対し、A、B建物の収去義務、ならびにその敷地の明渡義務を負つていることは前記説示のとおりであるから、控訴人第一プラスチツクが、右占有をするについて控訴人森本の承諾を得ているという理由で右建物退去、敷地明渡しを拒み得るものでないことはいうまでもない。したがつて、右主張は採用に由ない。

また、控訴人第一プラスチツクは、同控訴人の右占有は本件和解成立以前の昭和三二年八月三日に始まるものであるからなんら本件和解条項に違反しない旨主張する。しかしながら、右主張だけでは同控訴人が右占有をなすべき正権原を有することの理由にならないから右主張自体失当であつて排斥を免れない。

そうすると、控訴人第一プラスチツクにおいてほかに右占有権原のあることを主張、立証しない本件においては、同控訴人はA、B建物から退去してその敷地を被控訴人に明け渡すべき義務を負うものというべきである。したがつて、被控訴人の同控訴人に対する右B建物の収去請求はその退去を求める限度で理由あるものというべきである。

(五)、控訴人森本、同光進工業の賃料、損害金の支払義務について

当裁判所のこの点についての認定ならびに判断は、原判決理由に説示してあるとおりであるから、ここに、右理由中の記載(原判決一四枚裏七行目から一五枚目裏二行目まで)を引用する。

(六)、以上の次第であつて、被控訴人の控訴人ら五名に対する本訴請求のうち控訴人光進工業、同第一プラスチツクに対するB建物収去請求部分、控訴人森本、同光進工業に対する昭和三四年三月一日以降昭和三四年六月一六日までの賃料請求部分はいずれも理由がないので棄却を免れないが、その余の部分は正当として認容すべきであるる。

三、よつて、民訴三八七条、九六条、九五条、九三条、九二条、八九条を適用し、なお、仮執行の宣言は、相当でないと認められるのでこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 日高敏夫 古崎慶長)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例